無縁の地...呑竜

 ハァハァ(息切れ)...ハンニャです。ハンニャ



暖かくなって野良猫にとってはのんびりお昼寝に興じることができるようになったわ。



しかし、どうやら人間の世界ではこの時期、新生活が始まるやらで色々と慌しいようね。新入学や進級、新入社や昇進...職場の異動など、新しい環境や境遇に対応しなければならずストレスも溜まりやすい時でもあるようね。



そんな新生活の気疲れも多くなるのか、今日も“ひと時の癒し”や“息抜き”を求め大衆酒場やスナックの集まる呑竜仲店に足を運ぶ人間を多く目にするわ。





俗世を離れて色々なものから “無縁” となった者同士が過ごせるある場所は人間にとって思いのほか重要で、ある意味パワースポットのようね。




パワースポットと言ったけど...まんざらおかしな表現でもないのよ。呑竜がストレス発散の場、人が “リフレッシュ” できる場になったのも不思議な巡り合わせのように感じるのよ。








実を言うと...ビックリしないでね...呑竜仲店のある敷地は昔(1947年・昭和22年以前)、大蓮寺の所有する お墓 だったのよ。







1945年(昭和20年)の前橋空襲を受け大蓮寺も焼失。その後、お寺は再建に伴い同寺東にあった墓地を移転し、跡地を復員兵などが日用品などを売りながら生計を立てられる商店街...呑龍仲店(通称:呑龍マーケット)の敷地として提供したのよ。

(注:当時、呑竜は呑龍と表記された。)





墓地を提供できたのは理由があって、かつて(戦前)大蓮寺の住職であった蓮池忍冏とい方が、率先して火葬を奨励し土葬を受け付けなかったため、この墓地は無縁仏(弔ったり供養する縁者が現世にいない死者)が多かったらしいのよ。そして、これが幸いし、戦後復興計画に基づく呑龍マーケットの敷地に選ばれたらしいの。まぁ、結局は戦後の大変な時期に無縁仏の眠る土地をどうしようと文句を言う人間がいなかったということのようね。

(注:日本は明治半ば頃まで埋葬は圧倒的に土葬が多く約1割程度が火葬。火葬が普及されたのは戦後のこと。)



こうして今も存続している呑竜仲店。今日も人々は墓場に足を運び、一夜の無縁仏となって宴を楽しみ、生まれ変わって明日を迎える...





土地の巡り合わせというのはなんだか不思議なものね。墓地に野良猫...呑竜に野良猫...なにか惹かれるものがあるのかしら...



ハァハァ(息切れ)...




 


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